大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(ヨ)2425号 決定

債権者 甲野太郎

右代理人弁護士 新井兄三郎

同 井上隆

債務者 西武バス株式会社

右代表者代表取締役 山本廣治

右代理人弁護士 中嶋忠三郎

同 遠藤和夫

同 丸山一夫

同 辻本年男

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

債権者は「債権者が債務者会社に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

債務者会社は債権者に対して金四〇万〇八二〇円及び昭和五一年一二月一日以降本案判決確定に至る迄毎月二五日限り一か月金二四万〇四九二円の割合による金員を仮に支払え。」との裁判を求め、債務者は主文同旨の裁判を求めた。

当裁判所の判断は次のとおりである。

一  債務者会社が旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社であり、債権者が昭和三八年四月二日バス運転手として債務者会社に雇用されたこと、債務者会社が昭和五一年九月一〇日債権者に対し、運賃を着服横領したとの理由で、三〇日後に懲戒解雇する旨の意思表示をし、該意思表示が即日債権者に到達したこと、債権者の当時の賃金が基本給一四万七〇三〇円、調整手当四九〇八円、家族手当三五〇〇円、住宅手当三三〇〇円、特出手当一万〇五五一円(三か月の平均。以下同じ。)、時間外手当五万九一五九円、ワンマン手当五七八六円、中休手当六二五八円、合計二四万〇四九二円であって、毎月二五日支払であったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  債権者は懲戒解雇の理由となった運賃着服の事実を争うので、検討する。

1  債権者が昭和五一年九月五日西武秩父駅午前九時四〇分発小鹿野車庫行のバスを運転して走行中、運賃を五〇〇円紙幣で支払った乗客が三名いたこと、債権者が硬貨六〇〇円を運転席右側のドア・スイッチ上に置いたこと、右乗務終了後、債権者が二名の男から小鹿野車庫事務所へ同行を求められて入ると、債務者会社秩父営業所次長高村賢、定期バス課長森迫康人がいて、森迫から現金六〇〇円を料金箱以外の場所に置いた理由を尋ねられたこと、翌六日朝同営業所長加藤茂雄から本社へ出頭するよう命ぜられて、午前一〇時頃本社へ到着したが、爾後午後六時頃までの間、会議室で、高村、森迫、定期バス課副長田端久孝ら、特にその中でも田端から、前日の件について質問がなされ、右六〇〇円を領得したとの追及を受けたうえ、更に同年八月一六日午前九時発の同路線乗務の際にも、五〇〇円紙幣一枚を領得したとの追及を受けた挙句、右両事実を認めて、その旨の書面を作成し押印したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に疎明資料を綜合すると一応次の事実が認められる。即ち、

(一)  債務者会社で使用するワンマンバスの運賃収受方法は、自動循環式料金箱を運転席左側に備付けて、乗客自身に所定運賃を料金箱運賃投入口に投入させ、運転手にそれを確認させるというものである。一〇〇円、五〇円硬貨を出して釣銭を求める場合は、乗客が料金箱両替金投入口にこれを投入すると自動的に小銭が出るようになっているため、運転手が現金に触れることがないけれども、一〇〇〇円、五〇〇円紙幣を出した場合は自動的な両替装置がないため、運転手が一旦右紙幣を受取って、料金箱両替紙幣投入口に投入するとともに、五〇〇円両替ボタンを押すと、一回の操作で一〇〇円硬貨五枚が両替銭受皿に払出され、乗客自身がこの両替銭のうちから所定運賃を運賃投入口に投入することになっている。運賃投入口から投入された運賃と両替紙幣投入口から投入された紙幣はいずれも運賃箱に収納されるが、両者が混在しない仕組になっている。そして、五〇〇円両替ボタンを押した回数は運賃箱のカウント表示器に示されるようになっている。

両替のため払出される硬貨(種銭)は、運賃投入口から投入された硬貨が金種に従って選別され、両替用に準備されるようになっているが、硬貨の投入が少くて両替が多い時には種銭不足を生ずることもあり得る。種銭の一〇〇円硬貨が九枚乃至一三枚しか準備されていないようになると、料金箱に設置された一〇〇円不足灯が点灯し、一〇円硬貨の種銭不足の時には、別個に設けられた自動両替ランプが点灯するので、運転手にとってはどちらが不足しているかを一目で分る仕組になっている。

債務者会社では、バス運転手による運賃等の不正領得行為(チャージ)を防止するため、取扱規則を定めて、運転手が現金に触れることを厳禁し、一〇〇〇円と五〇〇円の紙幣による両替の場合に限り乗客からこれを受取ることを認めるが、その場合は直ちにこれを両替紙幣投入口に投入することを義務づけ、料金箱の構造や操作とともに指導している。両替紙幣投入口から投入された紙幣については、出発時に前記カウント表示器の表示が零であることを確認し、乗務終了後営業所において運転手と計算係が右表示器の数字(両替ボタンを押した回数)と両替紙幣収納箱の紙幣とを確認し対照することによって、実際上チャージしても直ぐに発覚することになる。

料金箱の諸装置が故障した時には、前記取扱規則や指導によれば、営業所へ直ちに連絡しなければならないことになっている。

(二)  債権者が昭和五一年九月五日に乗務した際、西武秩父駅前停留所を発車して小鹿野役場停留所に着くまでの間、別に問題となるような運賃取扱はなかったが、同役場停留所で降りる乗客二名から運賃各一九〇円の支払にそれぞれ五〇〇円紙幣を出された時、債権者は自ら両替銭受皿の両替銭を取り、釣銭各三一〇円を右乗客に手渡したうえ、所定運賃合計三八〇円を運賃投入口に投入しないまま、運転席右側のドアスイッチの上に置いた。

次いで小鹿野町停留所で降りる乗客の一人から運賃二二〇円の支払にまたも五〇〇円紙幣を出された時にも、債権者は前同様にして釣銭二八〇円を右乗客に手渡し、右運賃を運賃投入口に投入しないで左手に握ったまま運転を始め、運転中これを右手に持代え、信号停止した時前記ドアスイッチの上に置いた。

かくて債権者は右運賃合計六〇〇円の硬貨を前記ドアスイッチの上に置いたまま終点小鹿野車庫に至り、そこで債務者会社添乗査察員小俣俊雄他一名から前記硬貨六〇〇円を運賃投入口に投入しない理由を尋ねられるや、慌てて「今料金箱に入れるんです。」と言いながら、そうしようとした。この間一〇〇円不足灯は点灯していなかった。

(三)  債権者は同年八月一六日の前記乗務の際、途中で債務者会社添乗査察員渡辺四郎が番号を書控えておいた五〇〇円紙幣を両替のため債権者に手渡して降りたが、乗務終了後営業所で料金箱を調査した結果、該当番号の紙幣は両替紙幣収納箱にも運賃収納箱にも見当らなかったということがあった。

(四)  債務者会社は債権者を追及した結果、その自認を得たので、同年九月一〇日就業規則第五三条第一、第二号、第五号、第七、第八号<従業員が次の各号の一に該当したときは懲戒処分する。(省略)

1、この規則又は遵守すべき事項に違背したとき。2、故意又は過失によって業務上不利益を生ぜしめたとき。(省略)、5、素行不良で同僚に悪影響を及ぼすおそれがあると認められたとき。(省略)、7、社品又は他人の私有物を盗んだりその他犯罪行為をしたとき。8、地位を利用して不都合な行為をしたとき。>に該当するとして、懲戒処分のうち懲戒解雇を選択し、同規則第五四条第六号<懲戒解雇は三〇日前に予告するか又は予告しないで所轄監督署長の認定を経て即日解雇する。>を適用して、三〇日後に懲戒解雇する旨意思表示をした。

3  債権者は債務者会社に対してなした前記六〇〇円領得行為の自認あるいは自認書の作成が債務者会社の田端らによる強制のためであると主張するが、これに副う《証拠省略》と対比してこれをそのまま採ることはできず、他に右主張事実を窺う疎明資料はない。

4  債権者は右六〇〇円について、後で料金箱に入れるつもりであったとか、種銭不足に備えていたとか、あるいは料金箱が故障する場合もあるとか弁解する。

しかし、乗客から五〇〇円紙幣を差出された場合、運転手が両替された一〇〇円硬貨を自ら手に取って、そのうちから釣銭を乗客に手渡すことは禁じられている。仮にそのようなことが乗客へのサービスと思ってそうしたとしても、釣銭を手渡した残金即ち所定運賃は直ちに運賃投入口に投入しなければならないものである。他の場所に置くことは散逸の虞すら考えられる。両替用の種銭不足を懸念したとしても、一〇〇円不足灯が点灯していなかったのであるから、種銭は十分用意されていたことになる。途中硬貨で所定運賃を支払った乗客が幾人いたかの点を度外視して、仮に右不足灯が点灯していた場合であっても、所定運賃を運賃投入口に投入することによって種銭が補充される仕組になっており、債権者もそのことを知っていたし、投入してもしなくても種銭の額には変りはないのである。まして当日の料金箱の操作に故障があった形跡を窺い得ないが、もし故障が起ったならばそれ相応の措置が定められているのであるからそれに従うべきであって、何時起るかもしれない故障を慮るということになれば、常に前記取扱規定と異った取扱をせねばならないことになり、現金保持の厳禁や故障の場合の措置等は全く無意味なこととなる。これらのことと八月の査察結果とを併せ考えると、債権者が乗客三名分の運賃合計六〇〇円の現金(硬貨)をわざわざ右側のドアスイッチの上に置いていたことについて、その弁解は何ら納得させるものがない。むしろ、前記認定事実を綜合すると、債権者の不法領得意思の発現行為と見ざるを得ない。

三  債権者は本件懲戒解雇が懲戒権の濫用であると主張するので、検討する。

疎明資料によれば、債務者会社の就業規則第五四条には、懲戒はその程度によって譴責、減給、格下、出勤停止、昇給停止、解雇の六種類に分けることが規定されていることが認められる。債務者会社の行うバス事業の現状は自家用車の増加や交通渋滞のため苦しい経営を続けている一方、内部の所請チャージによる損害、士気の低下、秩序の破壊も決して軽視できるものではなく、そのために多額の費用をかけて料金箱を設置し、厳格な取扱を指導しているという一般論については債権者もこれを承認しているところである。そして、債権者が昭和五一年九月五日のみならず、同年八月一六日にも同様の行為をしたこと、このことはまた疎明資料によって窺われる過去数回にわたる規律違反行為についての誓約に違反したものであることを勘案すると、本件懲戒解雇をもって直ちに懲戒権の濫用と断ずるわけにはいかない。

四  してみれば、債権者の本件申請は被保全権利の存在について疎明なきに帰し、保証をもってこれに代えるのも相当でないと考えられるので、結局理由がないから却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 富田郁郎)

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